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リレー小説用ブログ
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セイバー部特設本部

ぼちぼちとリレー小説更新していきます。



桃月ユイ(Blog
変身モノと学園と三角関係が大好物。黒髪眼鏡はジャスティス。

三上リョータ(Blog
最強と敵が味方になるパターンと苦労症と無口が大好きです。恋愛はユイたんに丸投げしています。←


Charactar

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 英語の授業中、光太は今までに無いほどぴんと背を張り、真っ直ぐに黒板を見て授業を受けていた。しかし、机の上にあるノートはもとから予習していないためもあるが、黒板の板書すらも書かれておらず真っ白だった。
 その原因は、隣の席に座る日与子のせいであった。
 光太と同様かそれ以上に背筋よく席につき、板書をメモしている。机の上のノートはすでに予習されており、細かな、それでも読みやすい字で英文が記されている。教科書にもラインを引きながらメモを取り、ノートには教師の言ったことをメモした付箋を貼っていた。『一流大学合格者のノート』と言われても疑えないほど、綺麗なノートである。
 しかし、そんな授業に集中している日与子の無言の圧力はずっと光太に向けられていた。授業中、光太は何度か日与子の方を向いたが、視線が合うはずもない。超がいくつ付いても足りないくらい真面目な風紀委員の彼女が、授業中に余所見をすることなどありえないこと。それでも、何故か光太は日与子に見つめられて――否、睨まれているような気がしてならなかったのだ。
 俺、何かしたか……?
 白紙のノートをとんとんとシャーペンで叩きながら光太は本気で悩み始める。
 確かに、昨日、日与子の大切そうなものを踏んでしまった。しかしそれは悪意があって踏んだわけでもなく、そしてちゃんと謝罪もしたはずだ。それ以外に何かあるとしたら、
「……夢」
 小さく、教師の声でかき消されそうな声で光太は呟いた。そのとき、日与子のノートを取っていた手が止まる。それと同時に、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
 本日最後の授業、ということで授業終了と同時に教室が騒がしくなる。開放感に浸る室内から、光太は鋭い視線を感じた。その視線の先には、日与子。
「姫崎、さん?」
「みは」
「美原光太はおるかの?」
 日与子が口を開きかけると、突然教室の入り口から声が上がった。そこに居たのは、光太の見知らぬ男子生徒。
「あ、はい」
「おお、おったか。ちょっとこっち」
 へらりと笑うその男子生徒は、光太に向かって手招きをした。光太は呼ばれるがままに、男子生徒のもとへと向かった。入り口へと向かう光太の背中を、日与子は眉間に皺を寄せて見つめた。
「えっと……なんですか?」
「うちの会長が呼んでおってな。ちょっと来てもらいたいんじゃが、時間は大丈夫か?」
 独特な喋り方をする男子生徒の口から出てきた『会長』という言葉に、光太は顔を引きつらせた。
「あの……生徒会の、人ですか」
「おお。副会長の羽場庚じゃ」
 男子生徒、庚は目を細めて微笑む。親しげな庚の笑顔とは対照的に、光太の表情は暗いものだった。
「とりあえず詳しい話は会長から聞いたほうが早いからのう、来てもらおうか」
「ああ……はい……」
 庚に連れて行かれる光太の足取りは、やけに重いものだった。


 生徒会室、と書かれたプレートの下がるその部屋の扉の前に立った光太は、大きく息を吐き出した。
「じゃあ、わしは別件があるからあとは一人でよろしくの」
 と、庚に爽やかに言われてしまった光太は、扉の前で立ち尽くしていた。扉に手をかけようとして、ためらいで手が止まる。どうしたものか、そう思ったときだった。
「来たならさっさと入りなさいよ」
 突然扉が開かれ、そこから光太の目の前に顔が現れた。茶髪の、パーマがかった柔らかな髪。凛々しく、そしてどこか妖艶な瞳。目と鼻の先の距離から現れた人物に光太は驚きの表情を浮かべた。
「ま、いか……」
「あら、久しぶりに名前を呼んでくれたわね。よくできました、光太?」
 口の端を上げて、生徒会長である舞華は笑った。光太は再び、大きく息を吐き出した。
「で、何の用だよ。また生徒会の雑用手伝わせる気か?」
「あら、あたしがそんな雑用でとっても大切な幼馴染を呼んだことがあるかしら?」
「いつものことじゃねぇかよ……」
 光太は小さく愚痴ったが、そんな愚痴は無かったものというように舞華は光太に背を向けて生徒会室の奥に入る。光太は呆れながら、扉を閉めて舞華に続いた。
「あんた、部活入ってないわね」
「は? 何だよ、急に」
「部活に入ってないわよね。まさか、あんた松田にそそのかされて卓球部入ったとか言うわけないでしょ?」
 むしろ、言わせないという言い方に光太はガクリと肩を落とした。
「そそのかすって……。別に、今も部活は入ってないけど」
「学生なのに部活もしてないで、一体何が青春かしらね」
 はん、と笑いながら舞華が光太に言う。どこかの誰かさんが生徒会の雑用を急に入れてくるからうかつに部活ができない、なんて幼馴染に言えるはずのない光太は、文句をため息として吐き出した。
「ならあんた、部長する気はない?」
「は?」
 何か重要な主語が抜けている問いかけに、光太は意味がわからず声を上げた。
「意味がわからん」
「部長、する気はないか。あたしはそう尋ねたんだけど、意味通じてる?」
「いや、何の部長かわからないのに、するかどうかって……意味わかんねぇんだけど」
「じゃあ、あんたは目の前でバケモノに襲われている女の子がいたらどうする?」
 再び、唐突な問い。しかしその問いに対しては、ある光景を思い出していた。
 稲妻と女性の声。金髪が揺れ、稲妻が走り、闇色の獣がこちらを向いている。叫び声、唸り声、それから――泣き声。
「……助ける」
 気づいたら、光太はそう答えていた。
 一瞬、その答えが自分の口から発されたものと気づかなかった光太は、ぱちぱちと瞬きをして「え?」と素っ頓狂な声を上げた。そんな光太に、舞華はにやりと何かを確信したような笑みを浮かべた。
「帰っていいわよ」
「は?」
「だから、帰っていいって言ってあげてんでしょ? それとも、帰れって言われたいのかしらドM」
「誰がドMだ! あー、そうかよ、だったら帰ってやるよ!」
 何故か無性に腹が立った光太は、乱暴に扉を開けて生徒会室を出た。開きっぱなしの扉から見える光太の足取りは、先ほどまでと違ってずんずんと大きなものだった。
「短気は損気。婚期を逃すわよー、光太」
 舞華は、楽しそうに光太の背中に向かって言い放った。


 目の前でバケモノに襲われている女の子がいたら助けるだろ、フツー。
 光太は家に帰ってからずっとそのことを頭の中で舞華の問いに対する答えについてぐるぐる、ぐるぐると考えていた。間違った回答はしていないはず、と思いながらも光太は自分の回答を思い出す。

 目の前でバケモノに襲われている女の子がいたら、どうする?
 助ける。

「……あいつ、何が可笑しかったんだ?」
 ベッドに倒れこみながら、光太は小さくぼやいた。どうして、どうしてと頭を必死で働かせていると意識がぼんやりとし始めた。
 そういえば今日は、ずっと姫崎さんから変な殺気出されてたっけ……、と思い出すと同時に、光太の全身に疲れがのしかかった。まぶたがうとうとと上下し始める。
「無駄に、気を遣った気がする……」
 呟いた瞬間、光太の目の前が真っ黒になった。このまま眠りにつく、と思った。

 が、
「……ん?」
 目の前が、はっきりと明るくなる。強い光が一瞬走ると、視界がクリアになって、見たことのある光景が浮かび上がってきた。
「ここ、学校?」
 首を動かしてあたりを見れば、そこは数時間前まで光太がいた、ホームルームの教室だった。視線を落として自分の服を見れば、寝巻きのジャージのまま。それを見て、光太は自分がどこにいるか把握できた。
「ああ、夢か」
 光太が呟いた、瞬間。
「うあぁっ?!」
 少女の叫び声と、入り口の扉から爆発が起きたような大きな音。同時に、扉から少女が飛び出し、教室の壁に叩きつけられた。
 輝く黄金の髪は埃と血が混じってくすんだ色をしている。顔はぐったりと俯き、服には獣の爪で引っかかれたように破れていた。破れた服の間から見える肌には、赤い血の後が見えた。
「……嘘だろ」
 目の前の光景の意味がわからず、光太は小さく呟いた。
 倒れている少女は髪の色こそ違えど、彼のクラスメイトで風紀委員である、姫崎日与子だった。
「姫崎さん!」
 光太は走り出して、日与子のそばによった。顔をよく見ると、意識はあるようで、小さな唸り声を上げた。
「姫崎さん、しっかり! おい、しっかりしろ!」
「うっ……、おま、え……は」
 ゆっくりと日与子の目が開かれる。ぼんやりとした表情を浮かべる金髪金目の日与子に、光太は安堵した。死んでない、よかった、と光太が思ったと同時に日与子の目が大きく開かれる。
「っ、逃げろ!!」
 日与子の声と同じタイミングで腹に蹴りが入り、光太は床に叩きつけられた。回る視界の中で、光太が見たのは、大きな狼のようなバケモノが、日与子の左肩に噛み付いている姿。それは、噛み付くというよりは食いちぎろうとしているようなものだった。
「ああああああっ!!」
 泣き叫ぶような、日与子の叫び声。抵抗しようとする日与子だったが、力が残っていない。だらだらと、日与子の左肩から血が出る。
「やめろ……」
 目の前の光景が、信じられない光太は小さく零した。日与子が身にまとっている黄色の服も、左肩から流れ出している血の赤い色を吸い始めていた。
「やめろ……、やめろ!!」
 光太はついに大声を上げた。その声に反応したバケモノが、光太のほうを見る。爛々とした銀の瞳は、いい獲物を見つけた、といわんばかりににやりと歪んだ。

 目の前でバケモノに襲われている女の子がいたら、どうする?

 自分の答えを思い出したと同時に、光太は立ち上がり、バケモノに向かって走り出した。
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
 光太は叫んでいた。今までこれほど全力で走ったことがない、というぐらい全身に力を込めて、自分を笑うように見つめているバケモノに向かって走った。
 全身が、熱い。まるで、炎のように。その熱さの源は、右手に握られている何か。
 バケモノは大きな口を開け、咆哮を上げる。そして、光太に向かって走り出した。それを見た日与子が左肩を右手で押さえ、光太のほうを見た。
「っ、にげ、ろ……!」
 痛みに耐えながら出す声は、光太には届かない。それでも、日与子は声を上げ続ける。
「逃げろ……逃げろ、にげ……て……!」
 日与子はぎゅっと目を閉じて、祈るように呟いた。
 バケモノが、光太に向かって飛び掛る。
「逃げて!!」
 全身の力を使って日与子が叫んだ。
 そのとき、日与子の視界が赤く染まった。
 教室中に赤い光が溢れ、世界が完全に赤一色のみになった。それからしばらくしてその光はふっと消えた。
 突然の光には動きを止めていたバケモノだったが、あたりを見渡して光太を見つけると、先ほどの勢いと同じまま走り出した。
 しかし、光太の姿は、先ほどまでと違っていた。
 燃え上がる炎のように赤い髪、赤い瞳、赤い服。その姿に、日与子ははっと目を開いていた。
「美原、お前……」
「かかってこいよ、バケモノ!!」
 光太は叫び、右手を前に出す。すると、赤い光が現れて、その中から剣が現れた。ためらいも無く光太は剣を握り、バケモノに向かって走り出した。
「はぁぁぁっ!!」
 自分に飛び掛るバケモノに向かって、剣を振るう。ザッ、と風を切るようなそんな音がして、バケモノは斬られた。
 目の前の光景が信じられない、というように日与子は大きく目を開いてぱちぱちと瞬きをしている。しかし、それ以上に信じられないような顔をしているのは、光太だった。
「……今の、って」
 右手に握られている赤い剣、自分の服、壁に寄りかかってぐったりと座っている日与子をそれぞれみた光太は、ああ、と納得したような声を上げた。
「そっか、夢か」
 呟いたと同時に糸が切れたかのように光太は、倒れた。意識が黒くなってゆく中で、日与子が驚いた顔をして自分に向かって何か叫ぶ姿を、光太は見たような気がした。

 その日光太は夢を見た。
 夢の中で目を開いた瞬間、ああ、夢だなこれ、となぜか確信を持つことが出来た。それほど『夢らしい』夢だったのだ。
 夢の中で光太は、学校の職員室棟にいた。暗さから見るに、実際光太が眠っている時間ほどだろうか。つまり深夜だ。しかも光太が立っているのは、今日の昼、光太が日与子とやりとりをかわした踊場である。
「俺、もーちょっと場所選べよなぁ……」
 はぁ、光太は溜息をつく。わざわざ夢に見てまで来たいような場所ではなかった。しかも深夜。
 ぺたぺたと、裸足の足が冷たい床に触れている感覚さえリアルだった。
 その時光太の耳が、何かの音を拾った。
 獰猛な大型犬が、吠える前に威嚇する唸り声のような、けれどそれよりもっと低い音だ。低く、地響きのように脅迫する勢いがある。
「なんだ?」
 思わず呟いて、上を見上げる。――天井を見上げたのは、何となくだった。何となく、そちらから音が聞こえてきたような気がした。
 すると上の階の方で、何かが光った。
「え……」
 丁度光太の立っている真上、上の階の踊場を光源として、稲妻のような光が一瞬走ったのだ。遅れて、ばちん、と、迫力のある静電気のような音。
 気のせいかと思い、目を凝らす。すると再び、深夜の職員室棟の壁を、光が一瞬真っ白く浮かび上がらせた。
 白く浮かび上がった壁に、得体の知れない影が映っていた。
「え」
 巨大な図体の何かだ。人間ではなく、もっと背中を丸めた――犬のような、四足歩行動物のような形。一瞬で形状を想像できるほど、はっきりとその影は浮かび上がった。
 再び、先ほどより大きな音。光太はそれが雷鳴に似ていることに気付いた。
「なんだ……?」
 自分の心拍数が上がってきたのを感じる。しかし光太は、どちらかというと、恐怖ではなく興奮を覚えていた。いやに耳と目が冴えている。踊場から離れようとしないのに、見上げた先の壁を必死で見つめている。
 研ぎ澄まされた光太の神経に、見えない所から鋭すぎる声が響いた。
「今更怯えるか、化け物め!!」
 神経が過敏になった光太にとって、痛いほどの声だった。思わず飛び上がりかける。しかし急激に冷静にもなった。その声を聞いたことがあると、自分の頭が言っていた。
 張りの強い、凛々しい女性の声だった。
 再び閃光。しかし今度は、先ほどよりも弱いものだった。その代わりに連続して瞬いている。先ほどの獣のような唸り声も続いた。身体を打たれ、必死で牙を剥こうとしているような声だった。
(さっきの声、どこかで)
 必死で考える光太の耳に、短い悲鳴が飛び込んだ。
 思わず顔を上げる。上げた先の、三階の廊下。そこに何かがどさりと倒れ込んだ。大きなモノ――人間だ。
 その鮮やかな色に、光太は目を奪われる。何故か人物は、燦々と輝く向日葵のような、鮮やかなイエローの服を身につけていた。倒れた姿勢で、何か長い棒を抱えるようにしている。髪すらも金髪である。
 日本人じゃないのか、安い計算でそう考えた光太に気付くはずもなく、倒れた人物は勢いよく顔を上げた。歯を食いしばり、爛々と光る黄金の目で、先ほどまで自分がいたのだろう上の階を見つめている。
 その顔に、光太の視線は吸い込まれた。

「姫崎さん」

 思わず口が動いていた。

 名を呼ばれた人物が、反射的に光太を見る。そして――金の前髪を額に掛からせ、日与子は酷く驚いた顔をした。
 しかしそれも一瞬だった。何かに気付いたように、日与子が再び上の階を見る。その日与子の姿が、一瞬で暗闇に消えた。
 ――違う。日与子の前に、巨大な闇色のモノが飛び出して来たのである。圧倒的な風を感じ、思わず光太は腕で顔を庇う。
「伏せろ!!」
 日与子の鋭い声が響いた。巨大な闇色の塊は、壁を蹴るようにして真っ直ぐに光太に突っ込んでくる。日与子が持っていた棒を突き出し、しかし右頬を打たれて倒れるのが、光太の視界に入った。
 闇色の塊が光太目がけて突っ込んでくる。

 すべてがスローモーションに見えた。
 最後に赤い光を見た、気がした。



 耳の奥でけたたましいガラスの破裂音が響き、光太は飛び起きた。
 荒い息遣いの中、呆然とする。視界はいつも通りの光太の部屋である。薄暗く、カーテンの向こうには未だ朝が来る気配は無い。
 背中と首筋と額とに冷や汗を感じて、光太は呆然としたまま、無意識に腕を持ち上げて額を拭おうとした。その手が拳になっていることに気付く。
 手を開いたそこには、朝拾った赤い石があった。しかし鉱物であるはずのそれは、光太の体温より高いであろう微熱を放っている。暗闇の中、メラメラと燃えさかる炎のように、石が光っている気がした。
 光太は何故自分がそれを握っているのか、さっぱり検討がつかなかった。







「なんだよ光太、酷い顔してんな」
「うるさい」
 結局深夜に目が覚めたあと、一睡も出来なかった光太は、新鮮な隈を目の下に抱えて登校することになった。下駄箱で話しかけてきた親友に突っぱねるように返し、黙々と靴を脱ぎ、黙々と上靴に履き替える。
(昨日、なんて夢見たんだ……よりによって姫崎さんが金髪とか)
 本日見た夢を反芻した後、光太が出した目下の感想がそれである。あんな超が三つ付く真面目な風紀委員が、深夜の学校で、あんな鮮やかな服で、あんな派手な頭でいるはずがない。
 ましてそんな格好の彼女が、得体の知れない何かと戦っていたかもしれないなど、そんなはずはない。
「そういや聞いたかよ、光太」
 酷い顔の光太を全く気遣うことなく、満尋が言う。無視しようと決め、光太は満尋に背中を向けた。
「またガラス、割られてたらしいぜ」
 ――光太は再び、忙しくも振り向くことになる。じっとりと酷い目で親友を見、「もしかして」と、おそるおそる尋ねた。
「職員室棟か」
「おう」
「二階の……踊場なのか?」
「なんだ、光太知ってたのかよ」
「いや……」
 当たっていなければ、どれほどよかったか。
「しかもなんか今回、今までにましてやり方が強烈でさー。窓の桟も枠も吹っ飛んでたらしいぜ。なんか、超巨大な何かがすんげー勢いで窓の外に飛んでったみたいに」
 親友の無駄知識に、光太はさらにげんなりとする。


(いや、でもやっぱ偶然だろ……夢だって、夢)
 教室への階段を上りつつ、光太は必死で自分に言い聞かせていた。
 あんな非現実的なこと、例えどんなにリアルであったとしても、夢でしかないのだ。
 教室に入り、自分の席に座る。友人と適当な談笑をする。
 そんないつも通りのHR前の教室に、小さく悲鳴が上がった。
「姫崎さん、どうしたのそれ!」
 女子生徒の大袈裟な声に、なんだなんだと注目が集まる。
 丁度教室の入り口で、姫崎日与子が珍しく苦笑していた。
「階段から落ちて、ぶつけてしまったんだ。鍛錬が足りんな」
 友人に心配される彼女の右頬には、大きすぎるガーゼが貼ってあった。
 ざわつく友人達の言葉が、さっぱり耳に入らない。
 呆然と彼女を見る光太と、当の本人である日与子。
 一瞬目が合った時、光太は何かを確信してしまったのだ。

 姫崎日与子の目は、氷のように冷たかった。
「……あら、来たわね」
 日与子はその声を聞いて苛立ちを覚えた。
「人を呼び出すときは場所もはっきりと言え、たわけ」
「たわけ、って……普通女子高生が発するような言葉じゃないわよ」
 くすり、と女子高生らしからぬ妖艶な笑みを浮べて生徒会長、野ノ浦舞華は日与子に言う。
 場所は、今朝割られていたガラスの前。替えのガラスが既に設置されていたが、地面にはまだ細かいガラスが落ちて割られていたことを物語っている。舞華はそんなガラスの破片を見ていた。
「また、倒せなかったみたいね」
「数が予想よりも多かっただけだ。用件はそれだけか」
「数が多かったなら、仲間が必要ね」
 舞華が言うと、日与子はいつも以上に眉間に皺を寄せた。
「問題ない」
「ガラスの損害が出ているのに、『問題ない』は、無いでしょう?」
「…………」
 舞華の言葉に反論ができない日与子はじっと新しくなった窓ガラスを睨んだ。
「立ち上げるのか、本当に」
「何を?」
「とぼけるな。あの、部活だ」
 日与子が舞華を睨むと、舞華はその視線に気付いて「ああ、そうね」と適当に返事をした。
「そのために、呼んだんじゃないのか」
「それもそうだけど、それより仲間の話がしたかったのよ」
「問題ない、と言ったはずだ」
「見つかったのよ」
 何が、とは日与子は尋ねなかった。話の流れぐらい、理解していたからだ。そして、しばらく二人の間に沈黙が生まれる。
「私には関係ない」
 日与子はそれだけ言って、その場から去って行った。
 あの生徒会長は、気に食わない。日与子は後ろにいる舞華の姿を思い出しながら思った。
 舞華ははっきり言えば日与子と対照的で、スカート丈は生徒会長のくせに膝上二十センチ。そのスカートはもちろん学校指定の物ではないし、カーディガンもだらしなく伸ばしている。髪も結ぶことなく肩に掛かっており、しかもパーマが掛かっているようでふわふわとしている。とどめは茶髪。
「……全く、ふざけている」
 早歩きをする日与子の足音は苛立ちを含んでいて、一歩一歩が重いものだった。
 一方、そんな苛立つ日与子の背中を見る舞華は小さくため息をついていた。
「固いわねぇ」
「それは舞華が緩すぎるんじゃ」
 と、舞華の後ろから声をかけたのは生徒会副会長の羽場庚だった。
「えー、そうかしら? あたし、フレンドリーをモットーにしてるし」
「フレンドリーとは違うじゃろ」
「そう? まあ、アフターフォローは庚に任せるわ」
 フッと舞華が笑うと庚は小さく息を吐いた。生徒会長の命令に従うのが、その他会員の役目であることぐらい、既に知っているのだ。


「はぁ……」
 何となく今日は災難な一日だったと、就寝前の光太は思った。別に大きな不運が彼に降って来たわけでもないが、クラスの風紀委員に突っかかれたことと、その風紀委員の口から出た生徒会会長の名前。しかも進路についても担任に言われたため少しブルーが入っている光太である。
「あ」
 そのとき、光太はふと制服のポケットに入れっぱなしだったあの赤い石について思い出した。光太はポケットから取り出し、石を光にかざして見た。赤い炎が、石の内側で燃えている。
「なーんてな」
 やけにロマンチックな考えをしてしまった、と光太は笑ってベッドに入った。そうしたら、すぐにうとうとと眠気が襲ってきた。そのまま、光太の意識は闇に溶けた。
 二つ目を見つけたのは比較的使用率の低い、階段の踊り場だった。
 職員室がある棟は、HR棟よりも古い。HR棟の西にある旧校舎とほぼ同じ年に作られた年代物だが、職員室や事務室の存在があるので、なけなしの管理が続けられ、何とか威厳を保っているようなものだった。
 HR棟のクリーム色の壁とちがい、職員室棟はコンクリートの壁面が向き出して、夏場でも人を遠ざける空気をかもし出している。誰もが通りたくない空間、それが職員室棟の階段なのだ。
 その階段を、光太はプリント片手に上がっていた。
(先生も今更だよなあ……進路選択って春の話じゃん)
 中途半端な担任に再提出を求められたプリントを見ながら、薄暗い階段でため息をつく。踊り場を踏み、手すりに手をかけた時だった。
 足の裏に本日二度目の感触。
「ん?」
 再び、恐る恐る足を上げる。灰色の床にうすく影を作って居たのは、金に近い黄色の石だった。拾い上げた石を窓にかざしてみると、透き通った色の中に時折稲妻のようなきらめきがある。
「これもパワーストーンか……?」
 今、自分のポケットに入っている赤い石を思い出す。同じ種類のものだろうか?
 ふと、空間を満たす静かな声が響いた。
「私のものを踏むとは、見上げた根性だな」
 一瞬何処からの声かわからず、あわてて周りを見る。目線を上げたところで、自分の立つ踊り場の半階上に、腕を組んで仁王立ちする女子の姿を見つける。なぜ気づかなかったのか、という威圧感を背負った人物に、少しだけ光太の声がひきつった。
「ひ、姫崎さん……」
 姫崎日与子は、光太のクラスの風紀委員である。
 学校指定のシャツを着ている光太が真面目ならば、日与子は超が三つ付く真面目であった。ショートカットの紙は肩にかかることもなく、前髪はいつもヘアピンできっちりとめている。スカートが膝上であることは絶対になく、光太が見る限りいつでもブレザーを身に着けていた。成績もうわさになるほど優秀で、ある種の近寄り難ささえ感じる人物だ。
 光太は、同じクラスである彼女が笑ったところさえ見たことがない。
 ぱっちりと大きく印象的な眼で光太を見すえたまま、日与子は早足で階段を下りてくる。目の前にたった日与子が差し出した右手に、光太は慌てて拾った石を乗せた。
「ご、ごめん。気が付かなくて……割れたりはしてないと思うけど」
「この石が踏まれたくらいで割れてたまるか、たわけ」
 じろりとにらまれる。この、妙に時代錯誤の口調も、彼女がうわさされる要因のひとつだった。
 日与子は石をポケットにしまうと、「ところで」と切り出す。
「その様子だと、職員室に行ったのか?」
「え? う、うん」
「職員室に、野ノ浦生徒会長は居たか」
 その言葉に、光太の顔は反射的にひきつった。何故この人物からその名前が、という気分でもあった。
「いや、居なかったけど……生徒会室じゃ?」
「生徒会室にいなかったのだ。まったく、あの生徒会長は……自分で呼び出しておきながら」
 続いた台詞にも、やはりくらりとなった。あの生徒会長が、この人を呼び出した?
「すまなかったな、美原」
 光太の動揺など知らず、日与子はさっそうと去っていく。姿勢のいい後姿を複雑な気分で見送り、同じ気持ちで先程まで石が落ちていた景色をふりかえる。
 窓がようやく光を与えている、小さな踊り場。
 その光景が次の日まったく姿をかえることになるとは、もちろん光太は知りもしない。
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